中々落ち着いてブログが書けなかった。

ソプラノ歌手の中沢桂さん。私には中沢桂先生。
お亡くなりになられた。

私は高校時代に「名曲アルバム」で、確か、椰子の実をうたわれていた中沢桂さんをテレビで拝見し、こんな素晴らしい歌を歌う方がおられるのだと、一目で 一気に虜になってしまった。東京の音大へ行けばきっと習うことができる!と決め込み、高校生活のすべてを中沢桂さんに師事することを目標に勉強をした。

わたしの人生は、そこですべての運を使い果たしたとも思えるように、高校のコンクールの審査をされていた、三善清達先生のお口添えで、中沢桂先生に師事するチャンスを得て、東京の音大の生活がはじまった。

鳴かず飛ばずの私を本当にかわいがってくださった。多くの優秀な先輩がおられる中、出来の悪い私に色々なチャンスを与えてくださり、私も先生かおられなかったら、とっくに歌うという現場を得ずに諦めていた。

私も年を重ね、結婚をした披露宴で先生が「この道」を歌ってくださった。その感動は色あせることはない。その一月後お倒れになり、結果、故郷の新潟で7年間の療養をされた。

7年間、何度もお見舞いに行き、いつも覚悟をしながら、後ろ髪をひかれながら、東京に帰った日々。

終わってしまった。
「夕鶴」の つうのように空へ帰って行ってしまった。

何もご恩返しもこちらができぬままに。

亡くなられてからお通夜ご葬儀までの三日間、ご養女さんのお気遣いで、先生と過ごさせてていただいた。

たくさん、お手伝いをさせていただいた。
走馬灯のように、一緒に過ごさせていただいた日々があとからあとから浮かび、悲しかった。

でもなぜか笑顔の先生、優しいお声か゛今も毎日私に語り掛けてくださる。
お近くに、心にいらしてくださっていますね。
先生、何も力はないけれど一歩一歩歩みます。
本当に感謝しています。